Cyrus Chestnut『Revelation』 | kumac's Jazz

Cyrus Chestnut『Revelation』

 アメリカのピアニスト、サイラス・チェスナットの1993年録音のトリオアルバムです。kumac は、彼の名前だけは聞いた覚えがありますが、名前と演奏を結びつけて、きちんと認識して聴いたことはありません。というよりも、誰かの作品のサイドミュージシャンとして聴いたかも知れない、といった程度です。

 

 彼がジャズシーンで名前が売れ始めたときは、kumac がほとんとジャズを聴かなかった時期に当たります。今も、名前でCDを買ったりはほとんどしません。大体、新作は、8割方ジャケ買い+お店の宣伝の文章だけです。廉価版を買うときは、なるべく知っているミュージシャンは、特定の人(例えば、コニッツとか)以外、避けるようにしています。

 

 それなので、kumac の住む田舎の CD ショップで廉価版を見ていたら、この得体の知れない(失礼)名前にを食指が動いたわけです。

 

 小気味よい演奏です。これぞ、ピアノトリオといった音の風情です。衒いなく(自分の個性を強調することなく)、内なる良心に従って、心地よい演奏をしています。この<内なる良心>って、いわゆるブルージーなゴスペルを感じさせるネイティブで根源的な、新しさを追い求めるような邪心がない無垢な心、といっていいでしょうか。

 

 だから気持ちよく聴けます。最高です。何も言うことはありません。決して裏切ることがありません。安心して聴けます。少々、物足りなく感じるかも知れませんが、そういうときは躊躇なく、他のミュージシャンの作品に替えればよいわけです。

 

 ライナーノーツ氏(ワーナーミュージック<WPCR27914>)の文章を読むと、1990年代に日本でリーダー作を録音し、そのときのベースがクリスチャン・マクブライドだったと記載がある。確かに、ここでのベース、クリス・トーマスの演奏を聴いていると、アプローチが似ている。それでなくても、クリスチャン・マクブライドが演奏したがるような曲調が全体の雰囲気を支配している。どっちがどうかしらないですが、ウイントン・マルサリスの原点回帰の動きに呼応する印象を持ちます。

 

 どの曲がどう、といいよりはすべてがジャズの醍醐味、恍惚、即興、衝動、哀愁、神聖など、を見事にコンパクトに収めた作品です。

 

 最近のヨーロッパのいわゆるロックでクラシカルなジャズばかり聴いていると、こういう本場アメリカのオーソドックスなものを聴くと、心躍り、そして心が落ち着きます。

 

 良いですね。